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 古代都市テオティワカン


太陽のピラミッドから月のピラミッドを眺める
登録年/1987年
分類/文化遺産
所在地/メキシコ州

写真提供:
遺跡大好き!!


ピラミッドといえばエジプトのピラミッドが真っ先に頭に浮かんでしまいますが、それに引けをとらないほどのピラミッドがテオティワカンにもあります。「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」です。「太陽のピラミッド」はエジプトのクフ王とカフラー王のピラミッドに次ぐ、世界で3番目に高いピラミッドで、その大きさは一辺が220m、高さが65mもあります。「月のピラミッド」でも、一辺が150m、高さが45mもあります。

テオティワカンは紀元前後から150年頃に建てられました。この都市には周辺地域の他都市ではみられない特徴がいくつかあります。

まずは都市建設が計画的なものだったということです。通常は何百年にもわたって増築や改修が行われ、都市機能が充実していくものです。しかし、テオティワカンの場合は、4kmもの長さの「死者の大通り」を中心に計画的に神殿やピラミッドなどが建設されているのです。

さらに他の都市にはみられないのが、都市内に設けられた住居です。集合住宅のような形態で、数は1800以上といわれています。

このような特徴をもつテオティワカンの繁栄は4世紀頃に最盛期を迎えます。当時の人口は20万人にも膨れ上がりました。テオティワカンは周辺の都市と交易を行い、テオティワカンの文化は周辺地域に影響を与えました。その証拠に周辺の遺跡からテオティワカン様式の土器が発掘されています。 太陽のピラミッド

しかし、過去に例をみない繁栄を極めたテオティワカンも7世紀の末頃に滅びてしまいます。自然環境の変化と他都市との攻防が原因だといわれています。テオティワカン滅亡後に城塞型都市が発展したことを考えると、軍事的・侵略的要因が大きかったのではないでしょうか。

アステカ人の都テノチティトランは、このテオティワカンが基になっているといわれています。この都市を「テオティワカン(神々の都)」と名付けたのも彼らです。彼らが発見したときには、すでにテオティワカンは廃墟になっていたといいます。廃墟と化したテオティワカンに、彼らは何を感じたのでしょう。
神々がひそむ古代都市テオティワカンへ?
さんはいっ
行ってみたいな♪



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